多分映像でも作るつもりだったんだろうな

博士と助手って地点でもうファンタジーだもの。

っていう、なんかの文章が出て来たので他意無く供養。

本文もそれなりに語彙がなくて恥ずかしいけど、放流してみたい何だか良く解らない欲が勝って供養。

 

10本くらい出て来たうちの一作。

ちなみに残りの9作品は、女子高生と失恋した女と、ロボットとかの話でした。


______

 

(デジタル時計)

 

博士「これは時計だ」

助手「はあ。」

博士「時計だね」

助手「そうですね。」

博士「何時計でしょう?」

助手「は?」

 

 

博士「何時計でしょう?」

助手「…えと、デジタル…時計?」

博士「大正解」

助手「わーい」

 

 

(博士ちょっと無駄な行動を取る)

 

 

博士「ではデジタル時計とは?」

助手「…とは?とは?」

博士「「とは?で全ての質問です。」

助手「……(ぽかんとする)」

 

(博士時計を手に取る)

 

博士「一秒も、その十分の一秒も、その一万分の一秒も、一億分の一秒も、一兆分の一秒も表せないポンコツです。

   いや、表示する事は出来ても、僕らはその瞬間を瞬きの間で見過ごすという絶望を自覚させるに十分な、

   何もかも解き明かし、思う通りにしたかった、私たちにとっては絶望的な、悪魔の様なデザインです。」

助手「ああ」

 

 

博士「色々な人が言いますがね、アナログ時計の針は、さっき言った一兆分の一秒も、その更に細かい一瞬も、そこに針がある。

瞬きの瞬間さえ、捉えてる様な気持ちになってしまう程、非常に私たちと同じ歩みを進める時間の体現者だ。」

助手「そこの正確性は、ネジの不安さえなければ絶対ですね。」

博士「じゃあ、なんで数字の時間なんて作ったんでしょうね?」

 

助手「あ…」

 

 

 

博士「僕はね、時々思うんです。時間って、僕たちと一緒でいいのかなって。たかが、100年ちょっとで死んでしまう。たかが500年ちょっとで当たり前が代わり、1000年ちょっとで跡形もなくなってしまう様な、そんな脆くて不確定な僕らと一緒でいいのかなって。思うんですよね。」

助手「けれど、人類の事象に対する認識のシステム化は、結局人類のためでしかないのだから、それでいいと思います。」

博士「うん。そうだね。でもそれは、絶望だ。」

助手「?」

 

博士「これは、絶望でもあり、希望だよ。完全に同一してしまった私たちが、それでも同一に持ち得ても、同一にならないと思い知らされるデザインだ。」

助手「」

博士「瞬きの一兆分の一秒を見落とした僕と、眼を見開き見つめた君がいる。

   その瞬間に、僕らの目の前にスカイフィッシュが過ぎ去るかもしれないし、核爆弾で世界が終わるかもしれない。

   (いやな顔の助手)(言過ぎたとちょっと反省する博士)

   …まあ、そうしたらこの僕らの同じ時間の最後の一秒は、君は見られるかもしれないけど、僕は見られないかもしれない。ってことだね。」

 

 

博士「人間は、事象にロジックを付けて挑戦するしか生きていけない生き物だ。」

助手「学者限定じゃないですか?」

博士「そんな事ないよ。挑戦だなんて、バカバカしい発想は、人間しか持ってない。」

助手「…」

博士「だから、目に見えない一兆分の一秒があるという事を、それを見過ごしているかもしれないというログと分岐点。ああしておけば良かったっていう後悔と反省と

   次に生きるための改善。進化の過程をロジカルに出来る僕らは、生き物としては全く苦痛に出来ている。」

助手「だからこんなに弱くなったんですよ。そんな風に、なにもかもロジカルにしようとしたから、ロジカルじゃないモノにはめっぽう弱い。」

博士「それさえも、イレギュラーとして、ロジックに組み込もうとしてるのが、我々だろう?」

 

 

 

 

助手「…時計」

博士「?」

助手「だから、希望なんですか。」

博士「…???…(ぐるりと考える素振り)ああ。そう。そうだよ。僕らはね、挑戦出来る解れば何かがどうにかなるが、なくなるのには、滅法弱く出来ているんだ」

助手「せめて解体出来る山がなければいけないと?」

博士「まあ」

助手「そしてそれを食べてシステムにすり替えようとするのね。」

博士「そして我々はそれを希望という。」

助手「アリみたい。」

博士「ん?」

助手「世界中の見えない、解らない、知らないを食べ尽くそうとしている、シロアリみたいですね。私たち。」

博士「…それは少々語彙が足りない気がするね。」

 

 

博士「例えに無理もある。」

 

 

助手「知らない解らないを食べ尽くしたとき、私たちはどうなるんでしょうね」

 

 

博士「科学者はロマンチストでなければならないよ。」

 

 

助手「追い求めた夢の結末の先は、「出来ない事がなくなる」事は、夢がなくなる恐怖なのでしょうか」

 

博士「夢を知ってしまった我々には絶望だね。」

 

助手「その一瞬を見続ける事は夢が無くなる事ではないですか」

 

博士「刹那を見続ければ、刹那自体が消える。あの瞬間、何かを見て知って感じていれば、ひょっとしたら回避出来たかもしれないが消える。刹那の時間軸が消える。

   イフがなくなる」

 

 

助手「それは、過去への希望がなくなるのではないですか?未来の希望を重んじるばかりに。

   記憶への冒涜ではないですか?」

 

博士「どうにもならなかった失敗サンプルを愛でろと?」

 

助手「そうではなく。そうではありません。でも、希望は未来にばかりないでしょう。

   ああしていれば、こうしていれば、瞬きの一瞬に消えた未来がある様に、そこへ馳せる希望もあったでしょう。

   夢は秒針の先にばかりある訳じゃない!」

 

 

博士「後悔に希望を抱けと?」

 

助手「違う。」

 

 「でも、私たちが今やっている事は。まぎれもなく、過去への希望です。」

 

 「生物学上最もバカバカしい挑戦をするのですからね。バカらしい、飛躍した発想もいいでしょ。」

 

 

 

_________

 

 

博士 「じゃあ、」

 

 

   「見られなかった、一億分の一秒全て、もう一度見直そう」

 

 

助手「はい」

 

 

荒廃した世界

 

 

博士「帰りたい日を願う心が未来へ向かうなんて、なんとも皮肉で滑稽な生き物なんだろうねえ。

我々は。」

 

_タイトル「見えない一秒とタイムマシンの話」_

あらゆる調和に花束を

なにかに偏っている状態というもののテンションの異常さに気持ちよさを理解しながら、何故かよく解らない気持ちの悪さを常々思っていた。

 

それが何時から始まった感覚で、その調和を目指すため、本気でなんのためについている嘘なのか解らない嘘を、何時から付き始めたのかも思い出せない。

 

姉がkinkikidsの剛が好きだといったので、さてはこれで私も剛が好きだといえば、偏りが生まれるだろう。

大して好きでもない、当時王子系の光一を好きだといった。

 

そういえば、当時リップスライムよりもキックザカンクルーの方が好きだと、ただただ調和の為だけに、言った事があったなあと。

 

若かりし日のとてもいい笑顔のクレバを見て思い出した。

 

っていうか比べるの違うよなって事、最近本当に色々あったなあって間違った調和そのものに花束を送って、ある意味コレって黒歴史だなと想い馳せた。

自己満足

先日、利害が出る訳でもないお話で

「それってタダの自己満足じゃん」

と言われて、少々ムッとした。

 

ムッとした。後になんでムッとしたのか考えてみた。そもそも自分はそんなに怒りの感情がポンポン沸くタイプではない。

 

例えば友人の返事が3週間来ないとか、

約束していたデータが2ヶ月経ってもまだ来ないとか、

「君は自分が思っているより頭が悪い」と言われたりとか。

 

悲しかったり、困ったりはするんだが、別に怒らない。

あまりにそういう類いの人間にばかり遭遇したもんだから、怒れなくなったのかもしれない。

 

そんな自分がちょっとムッとした。

なんでだろうと考えてみたら、答えはとても簡単だった。

 

私は自己満足がしたかっただけだった。

その利害が出る訳でもないお話は、誰かに迷惑がかかる訳でもなく、もしも失敗したとしたら、それは私が「失敗した」と思うだけのお話だ。

だから自分が満足したかった。

それがダメだと、バカな事だと、善くない事だと言われた。

 

自己満足したかった。したことが余りにもないから、人様に迷惑がかからない領域でしたかった。実際別に誰かに迷惑もかからないだろう。何がいけないのか。

 

理屈が通らない上に、自分の欲求を全面的に否定された上に、それで被害が出る訳でもないロジックが崩壊する訳の解らない非難だった。

 

だからムッとした。

 

それは自己満足の何が悪いのかね。

たった米粒の非難を拾えば、どうせまあ、言い訳が聴こえるんだろう。

 

ようよう、飾りめいた言葉を使うのは、特に攻撃の場合は、気を付けた方がよいなあ。

思った事を喋ってる

最近、思った感覚、思った言葉、思った施策、思った計画。

そういうものを引っ込めないで喋る様になった。

 

人に何かを伝達する時は、何かを望んでいる時で、

やって欲しいから伝える。解って欲しいから伝える。波及を望んで伝える。

そう永らく思い込んでいた。

 

だから、思惑には正しくルートを計画して、適切な言葉を選び、相手に何かをしてもらうのだから当然不快にならない様に。

 

気を使って、気を張って、たったコンマレベルの瞬間で、口から出す言葉をいつもいつも選んでいた。

 

働き過ぎて、仕様書も理解出来ないくらい疲弊して、言語と思考が繋がらない期間が1年と少しばかり続いて、何かの拍子で何故か人生が好転して、環境が変わって。

早い話が、何も望まない、無計画な言葉を口に出しても、許してもらえる環境になって。

 

日々が心底楽しくなった。

 

思いついた言葉を口に出す。それは楽しそうだから、楽しい気持ちに乗っかってズンズン喋る。あとの事は知らない。ただ喋る。

 

喋る。

 

相手のバックボーンも知らない。知識量も知らない。思った事を言う。

 

気持ちがいい。とても楽しい。こんなに楽しかったのか。

 

楽しいを継続したいと思った。無計画なおしゃべりが、こんなに楽しいと思った事がなかった。

 

無計画なおしゃべりをしても許される、今の環境に感謝はあるけれど、願わくば。

どこへ行ってもそうであれるモノになれればきっと、一番楽しい。

無責任

その昔、その無責任な行為を、深夜に食べるラーメンだと揶揄した事があった。

 

明日の体重増加も、お肌の荒れも解っているけど、今この一瞬の欲求を解消する。その深夜。このタイミング。

 

明日の昼ならまだ消化も出来ただろうに。

来週なら体重もある程度絞れていただろうに。

 

総て全部知ったこっちゃないと、飛び込むソレは、夜食のラーメンによく似ている。

 

色気もクソもねえなと思いながら、感覚の類似はそこなのだから仕方ない。

明日の痛みや間違いやずるずるした重さを解っていても、食べたいものは食べたいのだから。

 

何度か夜食の暴食で、結局後悔とダメージが5年後にやってきて、やっとまあ笑って。

 

健康的な生活をしましょうか。と、安心した。

 

よかった身体がダメだと言った。

昨日は後ろ、あの頃は彼方、明日は一周してそして遙か、今同じ場所。

もういない今より、

いた昨日の方がいいというのは、

明日の拒否なので認めません。

 

脳がそれを本心で言って、心から昨日が彼方になった事を解った。

 

似た声で歌う悲しさも、いない事実を取り繕う言葉も、昨日を探して鏡を覗く自分も。

 

明日をやっと見つけた様で。

流れる昨日の記憶総てに、へいへい、おつかれさま。調子はどうだい。

今日は随分いい天気だね。

 

そんな他愛もない言葉をかけられる。

 

反面

 

ほら、忘れた。薄情者め。

 

そんな声もまあ、聴こえないワケではない。

 

そしてソコソコやっと思えるんだよ。うるさいな。と。

 

誰に対しての言い訳なのかもよくよく解らない本文にふさわしいオチは、忘れたものは多分大事なものだけど、でもまあ、生きているんだから、まだ大丈夫だろう。

 

まるで臓器。

努力 と 言語以上

努力と根性しかない、人生は。

改めて私を知らない人から観たら、「体育会系だね」というライトな表現でストンと落ち着く事実である。

 

努力しろよ。

私が他人にいつも思うのは、「己の思考を理解される事に細心を払え」と。

ソレ以外の他人の努力へのツッコミはあまりない。

 

本当にない。だって、多分、我の強い人はソレ以外の努力はアホみたいにしている筈だから。

 

時間を守りなさい。

ほうれんそうをちゃんとしなさい。

言うべきタイミングを計りなさい。

言う方法を。

言わない方法を。

言語ではないコミュニケーションを。

デザイナーだったのだから。僕たちは。

 

そう思う。

 

言語以上の言語を持てたデザイナーが、他人への理解を求める努力を怠る事は多分、ずっと「そうじゃない」と思っていたビジュアルマンの思考なのだろう。

 

デザイナーは、この一瞬の言語ではないコミュニケーションが出来る生き物なのだと一生信じていたい。