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不向きと縁と理解と未来

結局の所、人間は向いてないモノを理解出来ない。

理解出来ないモノを一生懸命やっても楽しくない。

楽しくないとソレは周りに伝わり、縁等生まれない。

 

向いているか。向いていないか。

 

その実は理解出来るのか出来ないか。

 

その理解は、周囲の賛同を得られるか得られないか。

 

そして向いているか、向いていないかに戻る。

 

 

巧い事行く何かというのは、どんなに無能でアホで、どうしようもない人間にもきっと多分あると思う。

そして、向いていると理解したとき、受け入れられないと感じると多分とても大きな回り道をして、でも結局戻ってくる気がする。

 

受け入れられない向いている何かというのは、世間的に悪い事だったり、一般的に恥ずかしい事だったり、記憶上の胸を張れない何かだったり多分する。

 

けれど、やっぱり理解出来る世界のルールは何よりも向いているサムシングだと思う。

 

自分に子供が出来て、犯罪や怪しげな才能があったとした時に、その理解を他の世界で有意義に使えないかと必死に説得しても「やはり解らない」と言われたとき、

同じ事が言えるだろうかと、いつも不安に思う。

 

けれど、理解出来ない所で成果など出る訳がない。

 

この国の文化の中か外かで、そもそもが大分違ってくるのだし。