読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

逃げないの先

逃げれば逃げる程自信がなくなる。

自信というのは、自分を信じてやれる心だ。

だから、逃げれば逃げる程、大事な場面で「俺逃げたな」という記憶が募って「きっと巧くいかない」の今に繋がる。

 

心が今だ。

 

失敗じゃない。

そんな大層よりも、もっとずっと手前の話だ。

 

大人に少しずつなっている。

大人になる過程で、自分を信じられる頑張りというのは、他人の目が全くない場所の話なのだと少しずつ解った。

全くない、というか、関係ないのだ。

 

他人からいくら頑張りを評価されても、自分の自信には繋がらない。

自分の事を信じられるというのは、大事なあの時にそれでも踏ん張った、傍目損をしている様にさえ見える様が、その一時の衝動に誘惑されなかったその様が、そして毎日を脈々続けて、どんな事が起きても「ああ、自分なら大丈夫」と想える今の心なんだろう。

 

だから、逃げたら逃げた分だけ「大丈夫」なんて想えない。

仕事の信頼を色々な場面で見る様になって、とても些末な部分で信用されたり、逆にされなかったりして。

そういう端々で、自分が大丈夫と積み上げられる自信等、どれ程真っ当に生きれば正解なのだろうか。

 

こんな事を想いながら、自信のない自身は疑問に真正面からぶつかる事から逃げたがる。

人に答えを渡しても、自分が出来るかどうかは解らない。

 

けれどもさ、そんな正解の日常を望むのだから、ではまずそうであろう。

そうでありたい。

そうであっての、自信を信用したい。

 

そうまあ、想う訳だ。