男に生まれたらよかったんでしょう

タイトルはそのままに、結婚式前日だったか挙式の夜だったかに、父親に言った本気の一言だった。

 

蝶よ花よと、愛される教育など何一つされなかった姉妹は、鉄の鎧を着続ける常識を与えられ、大人になって。

少女の未熟さに総てが依っていたと思い込んでいた事実を目の当たりにして初めて、

父親が本当に欲しかったのは男児だったのではないかと教育を振り返って思った。

 

何かが辛かった記憶はないが、興味も無いキャッチボールは辛かった。

父親が子供とやってみたかった夢に楽しめなかった自分の記憶は本気で結構辛いし覚えているものがある。

別に父親はメジャーリーガーを育てたかった訳じゃなかったんだろうけども、息子とキャッチボールがしたかったんじゃないだろうか。たった、そのひとつ。

 

たったそのひとつ、が思春期の少女だった私にとっては歪な記憶になった。

 

やたらと野球をさせたがった。そんなんじゃ社会じゃ生きていけないと、プレゼンの基礎を叩き込んだ。なんなら、やりたい事には資料を作って提案しないといけなかった。

 

女の子特有の可愛らしい、ねだりなんか何一つ教えてもらえず、大人になって。

 

気が付けば「武士」だなんて渾名をつけられて。

 

もしも男に生まれていれば、父親の満足いく教育とかが出来て、父親の幸福フィルターにかけられていたかもしれないな。

そうしたら、現在の伴侶がゲイでない限り、私はそのフィルターからは逃げる事もしなかっただろう。

逃げられない。ではない。

逃げる事もしない。だ。

 

生れ落ちた性別を飽きる程嘆いた事があった。

何度、男だったら良かったのに。と壁に頭を打ち付けた事があっただろうか。

自分の否定のifは遠い足場を外す感覚で中々辛いものがある。

 

伴侶の登場で、女として生まれて良かったと、今普通に思う。