気持悪い

人は都合のいい人が好きだ。

人の努力値は、対その人の都合によって価値が決まる。

結果、例えば弊害だった輩が「その人によって都合のいい様に進化すれば」その輩に価値は生まれて評価は生まれる。

 

間違っていない。正しい。至極全うだと思う。

 

で、じゃあ、それを試しに二度程やってみた私が思った事が「気持悪い」だ。

 

相手の都合は承知で、それの価値を尊いかどうかはさておいて、とりあえず、うるさいから、腹立つから、黙ったら良いと思ったから、努力で殴ってみた。

ら、黙るどころか掌を返した。

 

それを「気持が悪い」と思った。

 

三度で人の感覚が決まると聞いて、最後の一度はもう、どうしたって自分を観てもらいたい状況でやらなきゃダメな気がする。

そうじゃないと、努力とか頑張る事が結局気持悪い所に流れ着くんだと、この馬鹿な脳みそは勘違いしそうで怖い。

 

都合がいいから掌を返すなら、初めからそれを知れば良いと思うのは傲慢だ。

でも気持ちが悪い。

初めからそうと勝手に思い込んでいたソレが露呈するソレが気持悪い。

 

掌返さない人もいたので、それはいっそ清々しい。

私はそうなりたくないと思って気付いたのが、私はそうかまだ、人を評価する立場と責任がないんだな。

そうなったら掌返すのかな。気持悪いな。